2020年夏期・振り返りワークショップ実施レポート〜第三部:藤川大祐先生講演「『中学校』の使い方」〜

第三部:藤川大祐先生講演「『中学校』の使い方」

藤川 みなさん、こんにちは。千葉大学の藤川です。私は教育学者で、千葉大学教育学部附属中学校の校長をしています。

みなさん、さっきの発表では本質をよくついていましたね。すごいと思ったのは、中学校というシステム自体を全否定するんじゃなくて、肯定すべき点と否定すべき点に分けてうまくやっていこうという風に聞こえたんですね。もう、わたしから話すことないですよ(笑)。

若新さんとも事前に「中学校というものをどう考えようか」っていう話をしてみましょうかと相談していて、今回お話しする内容は「『中学校』の使い方」というテーマにしました。いまさら私が言うまでもなく、みなさんそういう意識を持っているような気がするので少し蛇足かもしれないけど、準備してきたのでお話しさせていただきますね。

なんで中学生である12〜15歳ぐらいが大事なのか、よく言われるのが“アイデンティティの形成”の時期だからなんですね。アイデンティティっていうのはなんとなく分かりますか?

資料1 作成:藤川大祐

例えば、「IDカード」ってありますよね。身分証のことをIDカードって言うでしょ。IDは「アイデンティティ」の略で、ほかの人と区別して「自分はこういう人なんだ」っていうポイントのことを言います。心理学では、子どものうちは自分のことがよく分からないけど、だんだん大人になっていく中で、自分はこういう人間なのかと自覚していくと言われています。つまり中学生は、コンプレックスも含めて「自分はこういう人間なんだ」っていうことに気づいて、受け入れていく時期だと思うんですね。

自分がどんどん変わっていく12歳から15歳の時期に、それをうまく見つけられるといいんだけど、人と合わせなきゃいけないと思って自分に合わないことをやっていると、自分がなんだかよく分かんなくなっちゃって、20歳くらいになっても悩んでしまうと思うんです。コンプレックスで悩むほうがまだ幸せかもしれない。

自分がなんだか分からないっていう悩みを大人になってから持つのも、なかなかきついんですよね。中学生って、何か新しいことを始めることが多いと思うんですけど、20代とか30代になって新しいことをゼロから始めるのは結構きついんです。スポーツや楽器、趣味でも、いままでと全然違うことをゼロから始めるのはだんだんつらくなるんですよね。だから、健全に成長していくためには「自分はなんなのかな」っていうことにしっかり向き合って考えて、ある程度自分なりの結論や見通しが持てるといいのかなと思います。

いまの話は極端ですけど、一番は「あなたは誰ですか?」「中学生です」で終わるようなことはやめたほうがいいんじゃないかと思います。中学生であることは、まったくアイデンティティではないです。日本全国には300万人の中学生がいるので、300万人の中の1人ですって言ってもよく分かんない。だから、思考を止めないで「自分ってなんなのかな」と、できればいろんな大人と出会いながら考えてもらえるといいかなっていうことを、私の問題意識として言っておきます。

中学校の強いところ

次に中学校の特性ですが、まず日本の学校は、世界でもかなりトップレベルと言える緊密的な教育を提供してきたんです。全然学校に行けない人が世界にたくさんいた時代に、日本では差別なくどんな人でも学校に行って勉強できたのは、本当に良かったことなんですよ。

寺がやってる読み書き・そろばんを習う「寺子屋」があったり、武士だと「藩校」っていう藩のお殿様のところで勉強したり、日本には江戸時代ぐらいから、多くの人が読み書き・計算を勉強するシステムがあったんです。

いまの学校のシステムは、明治になってからできました。だいたい、いまの古い伝統のある学校も明治から続いています。当時は小学校だけが義務教育だったんですが、戦後になって中学校までが義務教育になって、だいたいみんな行けていたんですね。

ただ、みんながほぼ等しく勉強する場所なので、個性に対応するのはあんまり得意じゃないわけです。ここにいるみんなは分かってると思いますが、一応整理のために学校の強いところと弱いところを書いてみました(資料2)

資料2 作成:藤川大祐

■年間1015時間の授業を、基本無償で提供

まず、規則上は1年間で1015時間の授業がある計算になります。1日6時間だから、1週間でだいたい30時間かな。全学年に同じだけの授業時間があって、義務教育なので基本的にお金を取らないでやっています。

■さまざま進路で利用可能な知識、技能を広く与えられる

授業内容もだいたい決まっています。教科書の内容は国で検定していて、一定の範囲に収まるようになっているんです。高校になると選択授業が多いんですけど、中学ではどんな進路に行く人でも使えるような知識や技能を教えましょうということになっているので、みんな基本的に同じ内容を学ぶんです。これは、日本で学ぶ人にはみんな等しく一定の知識を身につけてほしいという、国が決めた基準があるからなんですね。

■年間200日程度過ごす場所を提供

あと、年間200日くらい学校に行く日があるんですけど、今回のコロナでみなさんの学校も、いざ休校になってみると意外と家の居心地が悪いという人や、学校がないとつらいという人も多かった。家が楽しいっていう人もいますよ。でも感覚的には、たぶん半分以上の人が「2ヶ月も家にいるのはきつい」と言っていたように思えます。人によりますけどね。

■ある程度の数の人と出会い、継続的に関わる

それから、さっき出会いの話もあったけれども、もちろんネットでいろんな人と出会える社会なんですが、学校ではクラスに入って、継続的に同じような人たちと関わるシステムになっていますね。これが嫌だっていう人もいると思うんだけど、一応強いところのほうに入れときました。だって、放っとくとずっと孤独になっちゃう人は結構多いと思うから、強制的にでも最低限の人間関係を一定数作るっていうのはメリットかもしれない。

■心身の健康に、一定程度配慮してもらえる

それから、さっき「悩みを聞いてほしい」っていう話もあったけど、一応、学校にも子どもたちの健康に配慮する仕組みはあります。何回も保健室に行って不調を訴えていれば、なんとかしてくれますよ。悩みだってスクールカウンセラーに話せるし、先生たちだって、よほどのことがない限り「悩みがあるんです」って言ったら聞いてくれると思うんだよね。これが、学校に行ってないと保健所とか病院に行かなきゃいけなくて結構大変なので、毎日行くところに、それなりに話を聞いてくれる、悩みを聞いてくれる、調子が悪ければ診てくれる人がいるっていうシステムだってことは、知っておいてほしいなと思いました。

中学校の弱いところ

■実質的に自由がかなり制限され、心身に危害が加えられる可能性もある

いま、いいところの話をしたんだけど、裏を返すと、画一的だから個別対応はあまりできてないんですね。さっきの発表で「自由の制限」って、みなさんたくさんおっしゃってましたね。よく分かります。

でも、例えば「毎日学校に行って授業を受ける」「一定のクラスで学ぶ」ってことは、悪いことばかりじゃないんじゃないかとか、いろんなこと考えていくと、どこまで自由にしていいのかって結構難しいんですよね。お昼ごはんも給食にしないで食堂を作ってほしいって言われても、お金がかかるからなかなか難しくて。いまの状況では、弁当を持ってくるか、給食を食べるか選ぶぐらいしかできないんですね。

理不尽な校則はやめなきゃいけないと思いますが、何もかもズルズルにすると学校っていうシステム自体が成り立たなくなっちゃうから、実際は学校に行っている以上、どうしても自由が制限されますよね。

■最先端のことや自分の興味に合ったことを深く学ぶのには適さない

それから、今回中二インターンで学んだことと比べて考えていただければいいと思うんですが、学校ではみんなが等しく学ぶことしかできないので、最先端のことや自分に合ったことは学びにくいんですよね。それはもうお気づきだと思います。

■自分に合わない授業を受けざるをえない
■相性が悪い人と一緒に過ごさなければならない
■出会う人の範囲は限られる

先生との相性が悪いこともあると思う。友達は相性が悪ければほかの友達を見つけるっていう選択肢があるけど、先生はなかなか変えられないですね。出会う人の範囲が限られるわけです。

こういう、学校にはあんまりうまくいかない部分があるっていうのは十分分かってますよね。というか、さっきみなさんの話を聞いて「ああ、こういうことをみんな自分の言葉で言ってくれてるな」と思いました。

「中学校」をどう使うか

その上で「『中学校』をどう使うか」ですけど、大事なことは「時間」だと思うんですよ。いつかは人生が終わる中で、時間はみんなに平等に与えられているわけです。

中学生のみなさんは、3年間の時間を持っているわけですよね。これは試練だと考えていいと思うんだけど、その3年間をどう使うか、ベストの配分で考えてほしいと思います。最初に言ったように「アイデンティティ」は大事だから、自分らしく生きるために、自分を見つけるための時間を優先して考えてもらってはどうかと思うんです。

資料3 作成:藤川大祐

学校でも、例えば「ほかの人との違いを意識しやすい」とか、できる部分はありますが、足りないこともたくさんある。なので、学校だけではなくて、ほかに自分の好きなことをやる時間をたくさん作ってもらえるといいのかなと思います。ただ、自分のことだけをやってると、学校の仕組みをうまく使い切れなくなっちゃうかもしれないから、自分なりのバランスは大事なのかなと思います。

そうやって考えると、学校はみんなが獲得したほうがいい知識や技能を、そこそこ効率よく習得できる場なのかもしれません。自分で1年間で1000時間勉強しろって言われても、できる人は少ないと思うんですよ。真面目でコツコツやれるタイプの人はいいんだけど、やっぱり興味のある勉強しかしなくなっちゃうと思うんですよね。中学校や高校って、あまり興味がなくても、ある程度授業があって、みんなが勉強してるからやろうって気になると思うんです。この仕組みをうまく使ったほうが得だと思うんですね。学校に行かないっていう選択肢を否定するつもりはないけれども、どうせ行くならそこをうまく使って、あとで活かせるような知識や技能を身につけてもらえるといいのかなと思います。

「学校の外を意識する」って書いたんだけど(資料3)、学校の中でそれなりに時間を取られるのが部活動とか行事ですよね。これをちょっと冷めた目で見て、「これってどれくらい価値があるかな、どれくらい一生懸命やったほうがいいかな」と考えてもらうといいと思うんですよ。例えば、アイデンティティ確立のために「この部活を一生懸命やっておくと絶対プラスになるぞ」と思っていれば頑張ればいいんだけど、みんなやってるからとお付き合いでやってるだけだとアイデンティティにはなりにくいじゃないですか。だったら、特に部活動をやらなくてもいいし、お付き合い程度にしておくのも1つの選択かもしれない。この辺が課題なのかなと思うんですね。

あと大事なのが「リスクを回避する」。人間関係とか健康が危ない状態になるのは良くないことなので、嫌だなと思うことがあるんだったら先生に相談すれば解決できる場合もあるし、大事ないまの自分の時間を無駄にしないように、このリスクを考えてもらうのも必要かなと思います。

学校では出会えない大人と出会う機会を、どう活かしますか?

そして、最後にこれを書いたんですけど。

 

資料4 作成:藤川大祐

学校でできないことって、やっぱり多様な大人と出会うことだと思うんです。私は、中二インターンのような機会をもっと多くの中学生が体験できたらいいなと思います。今回、みなさんが体験してくれたことをどう広めていくのかが課題だと思うので、みなさんなりにもっと多くの人に伝えたいことがあったら、できればほかの子たちのためにも、今日の発言を広く共有してほしいなと思っています。

ということで、ほとんどみなさんがもう分かってることの確認みたいな話だったと思うんだけど、中学校時代の時間を大切にして生きるために、学校を全否定せずに、うまく是々非々で付き合ってもらえるといいのかなと思ってます。

若新 ありがとうございます。

つまり先生、これは長い時間かけてやっといたほうがいいって思うものに関しては、はっきり言ってほぼ無料で受けられるわけだから、上手に付き合えばいいわけですもんね。まだまだ使っといたほうがいいものは、いっぱいある。

藤川 中学校の各教科の知識や技能って、割と使いますよね。

若新 問題は、それが中学生にとって「それがすべて」になってしまってることですよね。僕が中学生のときはここ(中学校)と家が全部で、それ以外必要ないみたいな感じだったから。

藤川 ものすごい価値があるわけじゃないんだけど、割とみんなが持ってる知識だから、それがないとやっぱりちょっとつらいこともあると思いますね。学校がよっぽど嫌じゃなければ、うまく知識や技能を獲得しておいたほうがいいような気はします。

若新 これがすべてじゃなくて「持っておいたほうがいいものを、お得にもらえる場所だよ」ぐらいに思ってたら、行くのが嫌だっていう子も減る気がするんですよね。だからいまは、ちょうど中学校がどうあるべきかが変わるところなんですかね。

藤川 そうですね。学校に行かないっていう選択がだんだん認められてきているので、変わりつつあるところだとは思います。

若新 藤川先生、ありがとうございました。もうみんなはそれぞれにいろいろ感じてくれてると思うので、今日はだいぶ長くなってきたから、これで終わりにしたいと思います。

本当に、今日のワークショップでのみんなの発表があまりにもおもしろかったので、これから僕らは、この中二インターンをどんどんいろんなところに伝えていきたいと思います。みんなには新しい中学生のモデルとして、自信を持った中学生でいてほしいなと思いました。ありがとうございました。

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